訃報
2008 / 07 / 01 ( Tue )
突然のメール失礼いたします。 ・・・・息をするのを忘れるくらい「永眠」という文字から目が釘付けになってしまいました 清水克子さん 「AEDをすすめる新潟の会」をつくりAED普及を共に AHAのBLSがとれることをしって 福井までとんできたうぶみさん 去年はよく電話連絡もしていて 今年にはいって体調をくずしたことを ねぇーうぶみさん って・・・・・・・ |
日曜の朝
2008 / 03 / 30 ( Sun ) 吉野 弘詩集より
「奈々子に」 赤い林檎の頬をして 眠っている 奈々子。 お前のお母さんの頬の赤さは そっくり 奈々子の頬にいってしまって ひところのお母さんの つややかな頬は少し青ざめた お父さんにも ちょっと 酸っぱい思いがふえた。 唐突だが 奈々子 お父さんは お前に 多くを期待しないだろう。 ひとが ほかからの期待に応えようとして どんなに 自分を駄目にしてしまうか お父さんは はっきり 知ってしまったから。 お父さんが お前にあげたいものは 健康と 自分を愛する心だ。 ひとが ひとでなくなるのは 自分を愛することをやめるときだ。 自分を愛することをやめるとき ひとは 他人を愛することをやめ 世界を見失ってしまう。 自分があるとき 他人があり 世界がある。 お父さんにも お母さんにも 酸っぱい苦労がふえた。 苦労は 今は お前にあげられない。 お前にあげたいものは 香りのよい健康と かちとるにむずかしく はぐくむにむずかしい 自分を愛する心だ。 朝 テレビをみていて この詩が流れていた 吉野弘さんの詩です お恥ずかしい話ですが知りませんでした 短い言葉のなかに 心に響く温かさを 感じました 「人として」の答えが一つあるように思えました |
謹賀新年
2008 / 01 / 02 ( Wed ) いざというときのために応急手当の知識と技術を 身につけておきましょう 事故などで心肺停止になった人を救うには、救急車が到着するまでの間に、 そばに居合わせた人が速やかに心肺蘇生(そせい)措置の応急手当を行う必要があります。いざというときのために、消防署の講習会に参加して 応急手当の知識と技術を身につけておきましょう。 http://www.gov-online.go.jp/o_article/2008_01/o_article_a.html あけましておめでとうございます 今年もよろしくおねがいします 今年も救命事例が増え つながる命が一つでも多く 救えるような年になりますように 微力ながら語りかけていきたいと思います ぜひ お力をお貸しください |
楽しく救命のドレミ
2007 / 06 / 18 ( Mon ) 土曜日 午前中 地元地域の学習講座の一つとして
AED講習会を開いてきました 大人13名 子供1名 この数字 地域一体回覧板をまわし 小学校でもチラシを配っての数です(笑) 主催された公民館の方は「少なくてすみません」といわれましたが ぜんぜんかまいませんよ一人だっていいんです これ 本当にそう思ってるんです その一人が次につながってくれたら 講習会はボランティアを応援してくれる先生のおかげで 一人一体のマネキンで講習を行うことができて 心臓マッサージを30回おすことがどれだけ大変かを 体験していただきました そばに誰もいなかったらひとりでするしかないのですが できれば救命はみんなでできることが一番ですよね 救急車がくるまでののわずかな時間 マッサージを交代しながら 有効な蘇生術ができればきっとつながっていきます 今 心臓マッサージだけの蘇生法がいわれていますが 人工呼吸を2回おこなうことは子供の場合とても大切です でも リスクのことを考えたら みんながフェイスシールドを携帯することが一番 この講習会でもキーホルダータイプのものを紹介 手配をしてあげました 「家に一つポケットマスクをおいておくわ」 と ポケットマスクを注文された方もしました あと 講習会のあと トコトコと「あの・・・またこういう講習会をおねがいしたいときはここに連絡すればいいですか?」と いってくださいました ただ この講習会をうけてもカードの発行はありません これを機会にぜひ 消防署の講習会や有料の講習会へと進んでくださいね このままではきっと 明日忘れます ![]() 一週間は覚えていられる 救命のドレミをちょいと教えてあげました ド!は ど〜しましたか? レ!は 連絡119とAED! ミ!は み〜て 聞いて 感じて ファは 吹き込み2回〜〜〜♪ ソ〜〜〜(と続きます・・・) なんてね みなさん あ〜〜 そうやね と笑顔忘れるんです 私達一般のひとは でも それでもいいんです 忘れたら また 思い出してください そばで知らない人が倒れたとき 精一杯のことをしてあげたら そういう社会にすることは 自分の大切な家族も知らない他人の中で 生活しているわけでその大切な家族が守られていることに なりませんか? そのことに気がついてくれたらなぁ〜って思います |
突然に・・・
2007 / 05 / 24 ( Thu ) せつなく 悲しいことですが若くても明日はわからないということです
タレント、岸部四郎(57)の妻、小緒理(さおり)さんが4月6日に心不全で亡くなっていたことが22日、分かった。43歳の若さだった。関係者によると、横浜市内の自宅で突然倒れ、搬送先の病院で死亡が確認された。平成6年に結婚して以来、小緒理さんは妻として、マネジャーとして、公私にわたって岸部を支えてきた。それだけに岸部のショックは計り知れず、しゃべることもできない状態という。 岸部が、14歳年下の糟糠の妻に先立たれる悲劇に見舞われていた。 突然の出来事だった。関係者によると、4月6日午前8時半ごろ、岸部が目を覚まして2階の寝室から1階に降りた時、小織理さんが廊下に倒れて、ぐったりしていた。岸部は小織理さんを起こそうとしたが、息がないことに気付き、慌てて119番通報した。 救急車が到着するまで、救急隊員から電話で指示を受け、必死で人工呼吸や心臓マッサージを施した。が、応急処置の甲斐なく、冷たくなっていくのを感じたという。小織理さんは9時43分、搬送された横浜市内の病院で死亡が確認された。心臓発作による突然死だった。 岸部は倒れた小織理さんを発見する1時間前に、ベッドから足を踏み外し体を強打。痛みをこらえて1階に降りた際、小織理さんと言葉を交わしていた。その時はいつもと変わらぬ笑顔で「横になって様子を見たら」とアドバイスを受け、寝室で仮眠を取っていた。それが小織理さんの最後の言葉だった。 葬儀は、6日に同市内の斎場で両家の親族だけで済ませている。岸部は「1時間前まで普通だったのに、なぜ…。僕より先に逝ってしまうなんて」と漏らし、ショックあまり家から1歩も出られない状態で、知人や親類が自宅へ食事を運ぶ毎日が続いている。 小織理さんは昨年と今年の2度、一緒に犬の散歩をしていた途中に「胸が苦しい」と訴え、休憩を取ったことがあった。岸部は「あの時『病院へ行ったら?』と言ったんだけど、妻は『大丈夫』だと…。無理にでも連れて行けばよかった」と悔やんでいるという。 2人の出会いは平成2年。輸入専門ブティックの店員と顧客としてだった。岸部は5年前に離婚しており、見そめた小織理さんを食事に誘って、交際がスタート。6年2月に入籍し、レストランウエディングには前妻との間にもうけた一男一女も祝福した。 結婚をきっかけに、小織理さんは個人事務所のマネジャーに就任。家事をしながら、運転手まで務めた。岸部が10年に自己破産し窮地に立たされた時にも、励ましながら仕事を探し、支え続けた糟糠の妻だった。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070523-00000009-sanspo-ent 57歳の岸辺さんは自分より若い奥さんを見送るとは 夢にも思わなかったでしょうね 1時間前には言葉をかわしてるんですよね 名前はさだかじゃないんだけど 9階からとびおりた俳優さん また 映画に復活してましたよね 言葉もちゃんとしていて しっかり生きている たしかに どんなにがんばっても救えない命あれば 死に急いでも生きていきなさいとする命もある 命って・・・ 人間には手の届かない領域だといわれてるようです でも・・・ 岸部さんもそばにいたのに なんにもしてあげれなかったって きっと 悔いが残るでしょうね 悔いが残るとどうしても過去ばかりにとらわれる 人が生きていくには過去をふりかえってもどうしようもないんです あの時 あーしていれば とか こーしていれば とか でも そういう思いってどんなにときを重ねても消えることはないのです だから 前を向くためには 絶対残る悔いを最小限にと思うのです 心臓がとまったということはそこでこの人の寿命はおしまいということかもしれないけれど 今 この時を一緒にもう一度生きることができるのなら・・・ 神様に逆らってもやっぱり 精一杯の何かをしたいと思うのです 大切な家族 大切な友達を守るためにできることを 知ってほしいと思うのです |


ぜんぜんかまいませんよ
と笑顔